tongue twister のブログ

平成27年5月26日、舌癌(StageⅣa)の手術(舌亜全摘・両リンパ節郭清・腹直筋皮弁による再建術)を受けました。ところが数日後の6月1日朝の診察で、まったくの突然に緊急再手術決定。なんと、最初の手術20時間、再手術13時間、計33時間(笑)(゜o゜;;

心身共に回復してきた今、それらの日々を振り返り、今度は私が誰かを励ますことができれば、との思いでブログ初挑戦です。 

がんセンター初受診 : 8

4月15日 がんセンター初受診。
午後2時からの予約だったけれど、1日年休をもらい仕事は休む。


自宅からほぼ50キロ。
車で下道をいくこと約1時間10分。
地元の総合病院を受診してからちょうど1週間が経過し、
その間に桜はほぼ散りかけ、
道中の葉桜を見るにつけてももの悲しく、
気持ちが深く落ち込む。


市内の病院での「舌に悪いモノができている」という診断に、
納得し、仕方ないなと案外じたばたせずに受け入れられていたはずなのに、
それでも気分の浮き沈みはあって、
情緒不安定。


道中、車の中でずっと聞いていたのは 
“グレゴリオ聖歌”
これから生き死にの場面に直面しようかという人間にとっては、
うってつけの音楽?
でも他の人にはお勧めしない。
ますます気分が潜行すること間違いないですから(笑)。


1時半前にがんセンター到着。
受付を済ませ、頭頸科の診察室の前で待つ。
すでに10人ほどの患者さんがおり、
さすがにどなたも暗く沈痛な面持ちで、
さすががんセンターだな、などと変なところで感心していた。

ちなみに、「トウケイ科」などという診療科があることは、
自分ががんセンターに来ることになって、初めて知った。


予定の2時を30分ほど過ぎた頃、
呼び出しのブザーが突然鳴った時には、
びっくりたまげて腰を浮かしてしまった( ・_・;)。
最近の大きな病院はどこもあんなポケベルみたいなのを使うのかな。


「さあ、いよいよだ」と意を決して診察室へ入ると、
40後半くらいのスマートでいかにも上品そうななM先生と
もう1人その後ろに女の先生が控えていた。



いくつかの問診と口内を視診した後、 
 ・頸部触診 ・鼻からのファイバースコープ ・頸部エコー検査 ・組織採取
と診察は次々と手際よく流れていった。


最後の組織採取は、はさみかメスで切り取るのかな、などど少し緊張したが、
始めに大きめの氷を口に含んで患部に当て(5分くらい)、
感覚を麻痺させてからピンセットのような器具で一気にむしり取る、
といった感じで、一瞬で終わらせていただいたのでそう痛みは感じなかった。


一連の診察の後、M先生から
「腫瘍、舌癌ですね」との診断を受ける。
伝える方も聞く方も余計なことは言わず、淡々とした中でのやりとりが流れた。
「やっぱりな」
というのが最初に来て
「仕方ないな」とも。


その翌日には、
・尿検査・血液検査・PET-CT・頸部MRI 等の検査が次々と続くことになるのだが、
そのあまりのスピード感に驚きつつも、
いろいろと考える暇がなくて却ってよかった。
あとになって思ったのだが、
自分の舌がそれだけ切迫した状態だったのだな。


検査をすべて終えてM先生から、
1週間後の22日に家族の人と来るように言われる。


すべて終了して会計を済ませると6時近くで、
心身共に
深くくたくたになっていた。



これから帰宅して、
病院へ行って診察を受けたりするよりも、
もっと大変な気の重い仕事が待っている。
女房に、
今日の診察の結果を伝えないといけないのだ。
ただ、「申し訳ないな」
という思いしかなかった。


   



初めての病院 : 7

病院へ行こう、と決めてからも、
気持ちや身辺の整理、仕事の片付け等ぐずぐずとやっているうちに、
ひと月近い日にちが過ぎていった。


この頃になると、食事も会話も実際つらくて、
家人に心配をかけないように無理矢理食べ物を口に押し込む様な状態だったが、
食べる量はかなり減っており、
体重も昨年の秋から比べると、8キロ位落ちていたと思う。
喋るのも、こちらから話しかけることは少なくなり、
自然と口数も少なくなっていた。


舌と左耳下の首の鈍い痛みは常時あって
夜中に何度も目覚めるようになり、
この状況ではもうこれ以上持ちこたえることは無理だというところまできていた。


正直、癌でもなんでもいいから、
早く白黒はっきりさせて、切り取るなり何なりして欲しい、
というやけくそな気持ちだった。



最初から大きい病院の方がいいだろうと思い、
地元の総合病院の口腔外科に診察予約を入れたのが3月末で、
診察が4月8日。
日ごとに口内の盛り上がりが大きくなっていくのが感じられ、
変な話だけれど
これではっきりできるという期待感で診察日が待ち遠しかった。


診察当日は午後から仕事を休ませてもらった。
自宅から車で10分ほどの総合病院へ行く途中、
いたるところで桜が満開で無性に悲しくなった。


「桜を見るのも、この春が最後になるかもしれない、、、」
                     

  

                                                      病院へ行く途中、車を止めて写真を撮った


20分ほどの待ち時間の間、
不思議と落ち着いており、
不安よりも進展することの期待感の方が大いという複雑な気持ち。



診察は3、4分で終わった。
口内を視診して、首のリンパの腫れを触診。
「舌に悪いモノができていますね。
 できるだけ早く大きいところで診てもらってください」



もうそれだけで十分でした。
こちらから何も聞かなかったし、医師も余計なことは言いませんでした。
ただ、「病院で診てもらうのは初めてですか」という問いかけに、
『どうしてもっと早くに!』という                                
40代中頃であろうと思われる男性医師の責める声が聞こえるようだった。


口内の写真を数枚撮り、
県内のがんセンターと県外の大学病院のふたつのうちどちらがいいですかというので、
今後の諸般の便宜を考えて、県内のがんセンターを希望する。


センターの頭頸科のM先生に紹介状を書くので、
数日中に取りに来てくださいということで診察は終了したが、
診察後に看護師さんががんセンターへの予約をとってくださり、
「へえ、そんなこともしてくれるんだ。ありがたいな」
とぼぉーっとした頭で思っていた。




消極的な覚悟 : 6

何をしていてもついつい病気のことを考えてしまい、
視界の開けないストレスのたまる日々でしたが、
それでも、「まだ生活に支障の出るほどのひどい状態ではない」
と自ら無理矢理納得させて、なんとかその年をやり過ごしました。


その頃の唯一の慰めは、
夜のお酒。
もともと大好きで毎日飲んでいたのですが、
慰めというかもうそれに逃げ場を求めていたのでしょうね。
その時だけは幾分気持ちも軽くなり、嫌なこと忘れられたのです。
まさに現実逃避。


ですが年も明け今年の2月に入った頃になると、
舌の状態が今までにないくらい急激に悪くなってきたのです。
白板部の肉が内側から大きく盛り上がってきて、
あっかんべーをしてみると舌が悪い方と反対の方へ大きく曲がってしまうのです。
患部が左ですから、右の方へ。
そういう状態ですから当然喋るのにも影響が出てきて、
気合いを入れて喋らないとろれつの回らない酔っ払いのようで。
そしてその頃になると、患部から少しずつ出血もしていました。


さらにもう一つ気になることが。
特に左側の耳の下あたりの首が、
なんか鈍く痛むようになっていました。
なんとなくしこりのようなものも感じられました。




実は、
昨年の寒くなってきたあたりから、
自分の中ではもう決定していたのです。


「癌なんだろうな。舌癌」
  「家族やわんこがかわいそうだな。」
「これだけ放置してたんだから、もう手遅れだろうな」  
  「母親より先に、、、。申し訳ないな」
「どうせだめなんなら、無駄な治療はしたくないな」



今年の3月に入ってやっと、
消極的な覚悟をもって、
病院へ行く決心をしたのでした。