tongue twister のブログ

平成27年5月26日、舌癌(StageⅣa)の手術(舌亜全摘・両リンパ節郭清・腹直筋皮弁による再建術)を受けました。ところが数日後の6月1日朝の診察で、まったくの突然に緊急再手術決定。なんと、最初の手術20時間、再手術13時間、計33時間(笑)(゜o゜;;

心身共に回復してきた今、それらの日々を振り返り、今度は私が誰かを励ますことができれば、との思いでブログ初挑戦です。 

染み入る3拍子 : 711

9月15日(土)晴後曇  退院して1121日 / 手術から1203日


ここ最近、
「ふるさと」ばかり弾いている。
もうこれしか弾いていない。
ほかの曲を忘れてしまいそうだ。


だが、
「弾ける」ということと「聴かせられる」というのとでは、
まったく別の次元の問題だ。
そういう意味では、
残念ながらまだまだ弾き足りていない。


      


この曲に関する逸話で、
日本語も曲も知らないアラスカ先住民が
現地で活動していた日本人写真家の追悼行事で初めて『故郷』を聴いて、
涙を流したというのだ。
賛美歌ゆずりとも言われるゆったりした3拍子の美しい旋律は、
国境を越えて人々の心に染み入ったということだな。


  
  こころざしをはたして
  いつの日にか帰らん
  山はあおき故郷
  水は清き故郷 


志は一生果たすことなく終わりそうだが、
せめて人の心に多少なりとも響くような演奏をしたいもんだな。



不満の手 : 710

9月14日(金)曇一時雨  退院して1120日 / 手術から1202日


術後3年も過ぎると、
あの苦しさと引き替えに身につけたはずの感謝の気持ちが薄れ
不平不満が我が狭量な精神に充ち満ちてくる。
そんなときに
その都度思い起こす詩がある。



   「のせる」


  不満の手に


  どのように大きい恵みがのせられても


  小さく 小さく見えましょう


  感謝の手に


  どのように小さい恵みがのせられても


  大きく 大きく見えましょう


  目ではなく心が見るのです




岡山県玉島の牧師であった、河野進さんの詩です。


入院中や退院してからの休職中に、
河野さんの詩によってどれほど魂の救済を得ただろう。


不満の手か、
それとも感謝の手を差し出すのか。
それは自分次第なのだ。



いっぱいあったはずの Cancer gift。
忘れてしまったんでは、
あんなにつらく苦しい思いをした甲斐がない。



JとP : 709

9月13日(木)曇雨  退院して1119日 / 手術から1201日


じめじめと湿った空気がまとわりつく。
テーブルやフローリングに触れる腕や素足が不快だ。
明日もこんなでおまけに晴れたりしたらかなわんな。



昨日ある方のブログに、
J+P=0 「ワイルの恋愛法則」なるものが紹介されていた。
Jとは(Joy:喜び)のJで、Pとは(Pain:苦しみ)のPである。
恋愛の初期の喜びと、その終わりの苦しみの和はつねにゼロになる、
ということらしいが、
それはまた人生にも当てはまるとして
喜びと苦しみの和がゼロに思える人は、
それだけでじゅうぶん幸せなのだ、と結論づけられている。


そこでわが恋愛経験はさておき、
ふと人生について、
JとPのバランスシートについて思いを巡らせてみる。
うーん、どうなんだろう。
人生後半でこんな大病して不便なことになっちまったけれど、
残りの人生盛り返して最終的に総和がゼロになるだろうか。
いや、ひょっとしたらわが人生、
案外プラマイゼロの人生を歩めているのかも、、、。


人生の評価は、
考え方次第でいいようにも悪いようにも採点できるのだから。



ところで、
最初に紹介した❝ある方❞というのは ❝いざよい❞様。
今日のブログにある
「プレパラートを覗き見るような気持ちで、
 私は自分の心の襞を見ようとする。
 不安と恐怖と懊悩と諦念、そして安逸・・・」
なんてどうだ。
すごいね。
参りました。


豊富な語彙と深い知識、
なによりその卓越した表現力に舌を巻いております。