tongue twister のブログ

平成27年5月26日、舌癌(StageⅣa)の手術(舌亜全摘・両リンパ節郭清・腹直筋皮弁による再建術)を受けました。ところが数日後の6月1日朝の診察で、まったくの突然に緊急再手術決定。なんと、最初の手術20時間、再手術13時間、計33時間(笑)(゜o゜;;

心身共に回復してきた今、それらの日々を振り返り、今度は私が誰かを励ますことができれば、との思いでブログ初挑戦です。 

初めての病院 : 7

病院へ行こう、と決めてからも、
気持ちや身辺の整理、仕事の片付け等ぐずぐずとやっているうちに、
ひと月近い日にちが過ぎていった。


この頃になると、食事も会話も実際つらくて、
家人に心配をかけないように無理矢理食べ物を口に押し込む様な状態だったが、
食べる量はかなり減っており、
体重も昨年の秋から比べると、8キロ位落ちていたと思う。
喋るのも、こちらから話しかけることは少なくなり、
自然と口数も少なくなっていた。


舌と左耳下の首の鈍い痛みは常時あって
夜中に何度も目覚めるようになり、
この状況ではもうこれ以上持ちこたえることは無理だというところまできていた。


正直、癌でもなんでもいいから、
早く白黒はっきりさせて、切り取るなり何なりして欲しい、
というやけくそな気持ちだった。



最初から大きい病院の方がいいだろうと思い、
地元の総合病院の口腔外科に診察予約を入れたのが3月末で、
診察が4月8日。
日ごとに口内の盛り上がりが大きくなっていくのが感じられ、
変な話だけれど
これではっきりできるという期待感で診察日が待ち遠しかった。


診察当日は午後から仕事を休ませてもらった。
自宅から車で10分ほどの総合病院へ行く途中、
いたるところで桜が満開で無性に悲しくなった。


「桜を見るのも、この春が最後になるかもしれない、、、」
                     

  

                                                      病院へ行く途中、車を止めて写真を撮った


20分ほどの待ち時間の間、
不思議と落ち着いており、
不安よりも進展することの期待感の方が大いという複雑な気持ち。



診察は3、4分で終わった。
口内を視診して、首のリンパの腫れを触診。
「舌に悪いモノができていますね。
 できるだけ早く大きいところで診てもらってください」



もうそれだけで十分でした。
こちらから何も聞かなかったし、医師も余計なことは言いませんでした。
ただ、「病院で診てもらうのは初めてですか」という問いかけに、
『どうしてもっと早くに!』という                                
40代中頃であろうと思われる男性医師の責める声が聞こえるようだった。


口内の写真を数枚撮り、
県内のがんセンターと県外の大学病院のふたつのうちどちらがいいですかというので、
今後の諸般の便宜を考えて、県内のがんセンターを希望する。


センターの頭頸科のM先生に紹介状を書くので、
数日中に取りに来てくださいということで診察は終了したが、
診察後に看護師さんががんセンターへの予約をとってくださり、
「へえ、そんなこともしてくれるんだ。ありがたいな」
とぼぉーっとした頭で思っていた。




消極的な覚悟 : 6

何をしていてもついつい病気のことを考えてしまい、
視界の開けないストレスのたまる日々でしたが、
それでも、「まだ生活に支障の出るほどのひどい状態ではない」
と自ら無理矢理納得させて、なんとかその年をやり過ごしました。


その頃の唯一の慰めは、
夜のお酒。
もともと大好きで毎日飲んでいたのですが、
慰めというかもうそれに逃げ場を求めていたのでしょうね。
その時だけは幾分気持ちも軽くなり、嫌なこと忘れられたのです。
まさに現実逃避。


ですが年も明け今年の2月に入った頃になると、
舌の状態が今までにないくらい急激に悪くなってきたのです。
白板部の肉が内側から大きく盛り上がってきて、
あっかんべーをしてみると舌が悪い方と反対の方へ大きく曲がってしまうのです。
患部が左ですから、右の方へ。
そういう状態ですから当然喋るのにも影響が出てきて、
気合いを入れて喋らないとろれつの回らない酔っ払いのようで。
そしてその頃になると、患部から少しずつ出血もしていました。


さらにもう一つ気になることが。
特に左側の耳の下あたりの首が、
なんか鈍く痛むようになっていました。
なんとなくしこりのようなものも感じられました。




実は、
昨年の寒くなってきたあたりから、
自分の中ではもう決定していたのです。


「癌なんだろうな。舌癌」
  「家族やわんこがかわいそうだな。」
「これだけ放置してたんだから、もう手遅れだろうな」  
  「母親より先に、、、。申し訳ないな」
「どうせだめなんなら、無駄な治療はしたくないな」



今年の3月に入ってやっと、
消極的な覚悟をもって、
病院へ行く決心をしたのでした。





一気に話は昨年のことへ : 5

なにしろ13年前のことから書き起こしているので、
なかなか話が前へ進みません。
こんなぐだぐだの話をわざわざ読んでくださっている方々の、
舌打ちがそろそろ聞こえてきそうです。


そこで、舌の状態に大きな変化が出始めた昨年の9月あたりへ、
一気に話をもっていこうと思います。


12年もの間、痛みや出血もなく一見おとなしい状態でしたが、
ただ今思えば、気づかないような遅さで、
白い部分は本当にゆっくりとその面積を大きくし、固さも増してきていたのです。
その12年という長い年月をかけて、
白板症は確実に癌へと姿を変える準備をしていたのだと思います。


そんな楽天的なのにも程があるこの私が、
毎日気持ちがふさぐほど、舌のことを真剣に心配し始めたのは、
昨年のまだ残暑厳しい9月末のことでした。


白板症の部分がいつしか盛り上がってきて、
食事のときに食べ物があたったりすると、
痛みを感じるようになってきたのです。
顔をしかめるほどではないのですが、
それでも食事のたびに痛むのですから、かなりのストレスとなりました。
そして、会話をしていても何かのはずみで歯が接触したりなどしたときにも、
軽い痛みを感じ始めていました。


そのような状況で、
仕事をしていても、
大好きな酒を飲んでいても、
ギターを弾いているときも、
そして愛犬に癒やされているときでさえも、
常に舌のことが頭から離れなくなってしまいました。


誰に相談するでもなく、
思いっきりの楽天家はいつの間にか思いっきりの臆病者となって、
ひとり怯えていたのでした。


で、そこでついに病院へ行ったのか?


           


それでも行かなかったのです。