tongue twister のブログ

平成27年5月26日、舌癌(StageⅣa)の手術(舌亜全摘・両リンパ節郭清・腹直筋皮弁による再建術)を受けました。ところが数日後の6月1日朝の診察で、まったくの突然に緊急再手術決定。なんと、最初の手術20時間、再手術13時間、計33時間(笑)(゜o゜;;

心身共に回復してきた今、それらの日々を振り返り、今度は私が誰かを励ますことができれば、との思いでブログ初挑戦です。 

The Rose : 295

3月27日(月)曇  退院して582日 / 手術から664日


誰にだってそれぞれの琴線に触れる
忘れられない音楽がある。


以前
自分の中で燦然と輝く忘れられない名曲として、
Roberta Flack の ❝Killing me softly with his song
をブログで取りあげたが[188]
今回も女性歌手。
Bette Midler (ベット・ミドラー) の
The Rose


1979年に同名の映画の主題歌としてリリースされたのだから、
もう40年近くも前の曲になるのか、、、。
知らなかったが、その後日本のテレビドラマの主題歌にもなったそうだ。





旋律がとにかく美しく、そしてエモーショナル。
しかも曲としてのスケール感がある。
楽譜があるならギターで弾いてみたい。



歌詞に
  And the soul, afraid of dying
      That never learns to live
      
        死ぬことを恐れるその魂は
             生きる意味を学べない



とある。
そうだな、先のことを恐れてびくびくしていては
日々を楽しく生きられないし、
しっかりと生きることにならない。


しっかりと
顔を上げていこう。




おかげさまで1年 : 294

3月26日(日)曇時々晴  退院して581日 / 手術から663日


退院してから7ヶ月もの休職。
その間自宅で心身の回復に努める孤独な日々があり、
そして昨年4月1日に職場復帰してから
もう数日で1年を終えようとしている。


どうにかこうにか、、、、。
振り返れば、青息吐息の毎日だったな。


再発転移の心配とか、
体力面での不安などもあったけれど、
そんなことよりもいちばん苦しかったのは、
「うまくしゃべれない」ということ。


これはきつかった。
周囲もこちらに気を遣うし、
こっちはこっちでますます遠慮したり。
また、自分は職場で「邪魔な存在かも?」と、
ときには卑屈になりかけたり、、、、。


それまでは職場で中心となってやってきた。
だけどこの1年はいわば窓際のようなもの。
それは職場の配慮と言えばそうなのだけれど、
その何も大きな仕事を与えられずにいる自分というものが
情けなくてつらかった。
今までやれていたことが、
「できなくなった自分」というのを認めることが悲しく、
自身受け入れられなかった。



日々ストレスの蓄積していく
1歩前進2歩後退、のような暗澹たる日々だったが、
だがそれでも夏の終わり頃には、
「できない自分」というものを
徐々に自分なりに受け入れることができるようになった。


そして
日々できないことを嘆いていては
状況をますます悲惨なものにするばかりだ。
それなら、
できる範囲で最善を尽くそうではないかと、
少し前向きに考えられるようになったことで
気持ちがかなり楽になったのを覚えている。



なんやかんやと本当にいろんなことがあって、
精神的に苦しかった1年が終わろうとしている。


終わってみると、
時には卑屈になって嘆くことも多かった一方で、
それなりに自分の存在価値を高めることもできたと思っている。
「自分でなければ」という場面もだんだん多くなってきた。
それも、できないなりにがんばったおかげか。


おしゃべりも少しは進歩した。
来年度は
もっとできそうな気持ちでいる。
そしてもっと自分の存在意義を示したい。



闘病中に気づかされたことは多かったが、
その一番中心にあるもの、、、、。
それは
「感謝の気持ち」
であったはずではないか。


自暴自棄に、
そして卑屈になどなってはいけない。


まずは感謝。


初心忘るべからず。




青き疲れ : 293

3月24日(金)晴  退院して579日 / 手術から661日


若い頃から
石川啄木が好きで、
ごくたまに彼の本を取りだして読むともなく眺めることがある。


その啄木の「一握の砂」に、
今でも頻繁に思い浮かぶ歌がある。


 
  剽軽(ひょうきん)の性なりし友の死顔の 
        
  青き疲れが
             
  いまも目にあり



今から遡ること28年前の11月、
友は突然病で逝ってしまった。


その前の週に、
くだらぬバカ話で盛り上がりながら
いっしょに酒を飲んだばかりだというのに、、、。
そして1か月後に迫った
私の結婚式のスピーチをすることになっていたというのに、、、。



突然の訃報を聞き
茫然自失の状態で彼の家へと車を走らせた。


線香の煙が薄くたなびく玄関わきの和室。
そこには青白い顔で眠る友と
その傍らには、
たった一人しかいない子供を失ったご両親が泣き崩れている。
私の顔を見て、
更に深く激しく泣き崩れ、
嗚咽の隙間から言葉にならない言葉で私に何かを話しかける。


語りかけても物言わぬ友、、、。


その情景が今でも
コマ送りの映像のようにありありと思い浮かぶ。



「おいおい、
 これはいったい
 なんてこったい、、、、」


目の前のあまりにも信じがたい現実を受け入れられずに、
ただただ
心の中で同じセリフを何度も反芻する自分。




その時以来私の中で、
この啄木の歌と友の死とは一組のものとなり
切っても切り離せなくなってしまった。


よく泣き、
そしてよく笑う剽軽(ひょうきん)な友であった。



今も彼は
自分一人だけ、
若々しい青年の姿のままで私の心の中に生きている。



なあ、ずるいぞ。
自分だけ若いままで!
なあ!!