tongue twister のブログ

2015年5月26日、舌癌(StageⅣa)の手術(舌亜全摘・両リンパ節郭清・腹直筋皮弁による再建術)を受けました。ところが数日後の6月1日朝の診察で、まったくの突然に緊急再手術決定。なんと、最初の手術20時間、再手術13時間、計33時間(゜o゜;;

心身共に回復してきた今、それらの日々を振り返り、今度は私が誰かを励ますことができれば、との思いでブログ初挑戦です。 

何もかもが、、、: 1071

6月14日(金)晴 退院して3195日 / 手術から3277日


夏に向かって暑くなりかけたなと
軽くため息などをついているうちに、
庭のシャラの木に涼やかな白い花がちらほらと咲き始めた。
別名は夏椿。
咲いているのは1日だけで、咲き終わると花首からぽとりと地面に落ちる。
桜以上に儚く哀しい花かもしれない。



若い頃貪るように読んだ島崎藤村を
何十年ぶりかに読みたくなって本棚から取り出したのが、
茶色く変色し、文字も薄れかかった「夜明け前」


「木曽路はすべて山の中である」
あまりにも有名な書き出しの部分。


大学2年生の夏休みだったか、親しい友人3人とともに車で旅し、
途中一泊の宿としたのが、木曽路最南端の馬籠宿にある民宿だった。
馬籠は言わずと知れた藤村の生まれ故郷。
その旅には、今手にしている「夜明け前」の文庫本を携えていた。


ひとり朝早く起き出し、
藤村も歩いたであろう人気のない宿場町を散策したことなどが思い出される。


ともに旅した友のうち、
ひとりは30を少し越えたばかりの時に、あまりにも突然に亡くなってしまった。
だからその友は、今も当時の若々しい青年のままの姿で私の中に在る。


そんな遠い思い出などもすべてひっくるめて鞄に詰めて、
また木曽路辺りへ旅したいもんだ。



この歳になると、
何もかもが色褪せた遠い思い出ばかりになっちまう。


はあ、思えば遠くへきたもんだ と。


ふと思う : 1070

5月19日(日)曇 退院して3169日 / 手術から3251日


昨日から左手人差し指に刺さったままのトゲが気になって、
何をするにも不快で不便な思いをしている。
今夜お風呂で散々ふやかしておいて、
安全カミソリで少しずつ皮膚を削って勝負しようと思う。
今のままじゃ痛くてギターもまともに弾けやしない。




瀬戸内寂聴さんがかつてよく口にされていた
「顔施」、あるいは「和顔施」とう言葉がある。
確か、樹木希林さんも、
その著書の中でこの言葉に言及されていたはずだ。


いつも和やかで、穏やかな表情で人と接すること。
優しく慈愛に満ちた笑顔を振りまくそのこと自体が、
ひとつのお布施になるという教えだ。


不信心でいかなる徳を積むことなく生きて来たけれど、
この顔施という行なら
私にも心がけることくらいは出来そうだ。


かつて私が出会ってきた人々の中にも、
この「顔施」をごく自然に振る舞い、
周囲にいる人をして心穏やかに笑顔にさせるような方が2人ほどいた。



残りの人生で
1歩でも近くそんな人の足下に及びたいものだと、
そんなことをふと思う
住宅街の静けさがなにやらさびしい
日曜の午後2時過ぎ。


希望の頂 : 1069

5月1日(水)雨 退院して3151日 / 手術から3233日


入院中の心身ともに苦しく絶望の淵にあった頃から、
ことあるごとに魂の支えとなり、
そして病むということを前向きにさせてくれた言葉がある。


玉島にある教会の牧師の詩。


今でも折に触れ、
自戒を込めて反芻する。



  病まなければ


  聞き得ない慰めのみ言葉があり


  捧げ得ない真実な祈りがあり


  感謝し得ない一杯の水があり


  見得ない奉仕の天使があり


  信じ得ない愛の奇跡があり


  下り得ない謙虚の谷があり


  登り得ない希望の山頂がある



健康で病むことを得なければ、
決して見ることの叶わなかった希望の頂を、
こうして日々歩んでいられることの奇跡。


このありふれた日常こそが、
希望の山頂であるということを
忘れてはならないと思う。